お話歳時記

しっぺい太郎の猿神退治。

  犬は早くから家畜化され、人間とともに暮らし始めます。

  ある時は番犬となり、ある時は猟の手助けをし、ネズミや猫に比べ、犬は格段に生活の中に入り込んでいたのです。このため犬は、人間を危険から守ったり、「花咲かじいさん」の犬のように福徳をもたらす存在と考えられてきました。

  実際、犬が山中で出会った熊やイノシシから主人を守った、という話は、今でも度々ある事です。

  今回の「しっぺい太郎」では、猿神から人間を守ります。

「しっぺい太郎。」

  行念(ぎょうねん)という旅の僧がありました。

  もとは武士でしたが主家をいくさで失った後、各地を回る僧となりました。 無念のうちに亡くなった仲間を弔うのが目的でしたが、すでにその役目も終り、ただ、あてもなくさまよう身の上でした。

  ある時、行念は山深くに迷い込み、小さな村に行きあたりました。 秋の実りの季節からか、家々では餅をついていました。 どこの秋祭りであろうか?どこに社があるのだろう?と、あたりを見回しましたが、どこにもそのようなものは見当たりません。そうしてしばらく歩いていると、一軒だけ餅つきをしていない家がありました。

  その家は立派な家で、家の前には刈り入れの終わった稲穂が、数珠のように幾重にもかけてありました。

  これだけの豊作なら家人も安心して年を越せるであろうに、病人でもいるのか、死人でも出たのか、家は誰もいないのかと思われるほど、ひっそりとしていました。

  行念が不思議に思っていると、中から泣き声が聞こえてきました。

  「ごめん。」
   おかしいと思った行念は中に入って行きました。 すると家中のものが娘一人を中心に集まり泣いていました。

  「いかがされたか?」
   突然入ってきた行念に家のものは少し驚いた様子でしたが、家の主か、六十過ぎの男が行念の前に座ると、涙を押し殺してわけを話しはじめました。

  「実はこの七日の内に、
   人身御供を出さなければなりません。
   今年はちょうど私の家の番で、
   ここにいる孫娘を差し出さねばならんのです。」

  「人身御供を差し出すと申されたか?」
   行念は驚き聞き返しました。

  「・・・はい。」
   老人は答えました。

  「北の山の向こうに、古い社があります。
   どのような神様を祭ってあるのかわかりませんが、
   毎年実りの頃になると人身御供に若い娘を一人、
   供える事になっておるのです。
   何年か前、そんなばかな事があるものかと、
   娘を出さなかった事があるのですが、
   その時は大嵐となり、田も畑も崩れ、
   柿や栗の大木は引き抜かれ、
   すっかり荒らされてしまいました。
   後になって娘を差し出しましたが、
   神様の怒りが静まったのは、
   三人の娘を出した後でした。」

  後ろの方で娘が泣いていました。 その側には老人の娘であろう母がやはり泣いていました。 行念はその姿をじっと見ていましたが、「わしがその神とやらを見届けて参ろう。」と言うと、そのまま北の山に向かいました。


  北の山を越え、その社のあると言う山へ、行念は登っていきました。 その山は人の手が入らず荒れ放題となっていました。 朽ちた大木が幾重にも重なり、その上にまた大きな木が生えていました。

  道と言えるものはなく、社への道しるべの綱が、木から木へと、とぎれとぎれに結ばれていました。

  山の中腹にそのお堂がありました。 戸はすでに壊れ、中には何も祭られていませんでした。 ただ、前の年、人身御供を入れて運び込まれただろう長持があり、そのそばに娘の着物の袖が、朽ち果てて落ちていました。

  行念は外に出るとあたりを見回しました。 お堂の脇の斜面にある洞穴が目に入りました。 行念はそこに身を隠し、夜を待つ事としました。

  日が落ちあたりは真っ暗となりました。 風が梢をゴウゴウと揺らし、落ち葉を巻き上げていきました。

  どれぐらいたったでしょうか。 底冷えのする山の斜面に、生暖かい空気が流れてきました。 何かがびゅっと飛んできました。 すると次から次へと黒い塊が飛んできました。 その黒い物の中には赤い目が二つ、大きく輝いていました。

  「しっぺい太郎は今夜ここへは来るまいな?」

   一番大きな黒い塊が問いました。
   回りのものが答えました。
  「しっぺい太郎は今夜も来ない。」

  その声を合図に黒い塊はギャーギャー声を立てながらお堂の中へ入って行きました。 そして長持を乱暴に叩くと、その回りで踊りはじめました。

  あのことこのこと聞かせんな
  しっぺい太郎に聞かせんな
  近江の国の長浜の
  しっぺい太郎に聞かせんな
  すってんすってんすってんてん

  黒い塊達は、そう歌いながら、しばらく踊り狂いうと、またどこかへ飛び去って行きました。

  行念は洞窟から出るとあたりを見回しました。 たくさんの足跡が残っていました。 一番大きな足跡は行念の足の二倍はありました。


  「あれは神でない、怪物だ。」
   そうつぶやくと行念は山から駆け降り村へ戻ると、怪物達の恐れる「しっぺい太郎」を探しに近江長浜へ行くと告げると、そのまま旅立ちました。


  行念は長浜へつくと、「しっぺい太郎」という人を知らないか、一軒一軒聞いて廻りました。 しかし「そんな人は知らない。」という答えが返ってくるばかりで、行念はもう何日も「しっぺい太郎」の手がかりすら得られないままでした。

  このままではまた娘が一人、怪物に殺される。
  行念は次の町へ向かいました。 時間がありませんでした。 行念は峠の茶屋の主人に「しっぺい太郎」と言う人を知らないかと聞きました。 主人はうん?と言う顔をしましたが知らないと答えました。「しっぺい太郎という名は知っておるが、それは光善寺と言うお寺の犬の名じゃ。」

  行念はハッとしました。

  今の今まで人と思っていたが、もしかすると怪物の恐れるのは犬かも知れぬ。 行念は茶屋の主人に礼を言うと光善寺に走りました。

  光善寺は峠から降りて山を二つ越えたところにある村の中心にありました。 境内では村の子供たちが数人、子犬と遊んでいました。 その犬はなんの変哲のないどこと言って変わった様子はありませんでした。 子犬は、子供の周りを鳥のようにくるくる飛び跳ね、子供とじゃれる様子はただの犬と変わりなかったのです。 行念は光善寺の住職を尋ね、わけを話しました。

   住職は庭で遊ぶ犬を呼びました。
  「太郎!」
   すると太郎は「ワン!」と吠えると、あっという間に住職のそばに来て、しっぽを振っていました。

  「早いでしょう?」
   住職は太郎の頭をなでながら行念に言いました。
  「早い。」
   行念は感心してうなずきました。

  「太郎は犬ではありません、狼の子です。」

   言われてみると確かに太郎は犬と言うより狼の顔つきをしていました。

  「この春、
   寺の縁の下で何を思ったか狼が子を産みました。
   そこで赤飯を炊いて、
   しばらく産養い(うぶやしない)を
   していたのですが、
   ひと月足らずで、
   その狼はこの子を一匹置いて
   いなくなってしまいました。
   それから、太郎と名づけてここで飼っております。」

   住職は太郎の頭をなでて言いました。

  「太郎、この御仁が
   お前の力を貸して欲しいと
   おっしゃっておる、
   どうするかの?」
   太郎は行念の顔をじっと見つめていました。

  「太郎、わしに力を貸してくれるか?」

   行念が聞くと、
   太郎は、「ワン!」と一声、
   返事して行念の側に駆け寄りました。

  「そうか、太郎はこの御仁に力を貸すか。」
   住職は目を細めて言いました。
   そして住職は寺の奥に行くと一本の刀を持って来て行念に渡しました。

  「寺に刀があるのは
   不思議と思われようが、
   その刀は、その昔変化のものを切った故、
   寺にて供養してあったもの。
   持っておゆきなされ。」

  行念は刀を抜いて見ました。 それは長く使われていないはずでしたが、錆び一つ浮いていませんでした。 刀身は太く、しかし普通のものより数段軽いもので、行念がかつて持ったどの剣よりも立派なものでした。

  「拝借いたします。」
   行念は住職に頭を垂れると、そのまま村へ取って返しました。 太郎は行念に従い、行き先を知っているかのように先を駆けて行きました。


  約束の七日の期限が迫っていました。

  日も暮れてしまいました。 しかし旅の僧は帰ってきませんでした。 家のものはもう少し待ってくれと、村のものに頼みましたが、聞き入れてもらえませんでした。 仕方なく家のものは孫娘に白装束を着せ、長持を用意しました。 娘は泣き疲れ、両親は口さえきけませんでした。

  時間がきました。
  村のものは娘を長持に入れようとしました。
  そこへ太郎が駆け込み、娘の前に立ちました。

  「なんだ?この犬は? どこからきた?」

  太郎は「ワン!」と吠えるとちょこんとすわりました。

  「その犬がしっぺい太郎だ。」

   行念が息を切らしながら駆け込んできました。
  「和尚殿、こんな子犬がしっぺい太郎と申されるか?」
  「こんな子犬を怪物が恐れていると?」
   村人は顔を見合わせました。
  「そうじゃ。
   だがただの子犬ではないぞ。
   その子は狼の子。」

   村の人は行念の言葉を聞いても半信半疑でした。 太郎はやはり子供だったのです。 しかしもうはなしてる余裕がありませんでした。 村の人は行念と太郎を長持に入れると山へ登りました。 そして社の中に長持を置くと大急ぎで逃げ帰りました。


  長持の中で行念と太郎は握り飯を食べ、怪物の来るのを待ちました。 前と同じように風が梢の木々を揺らす音だけが聞こえていました。 太郎はじっと待っていましたが、ふっと耳を立てました。 行念は当たりの様子を窺うように耳をすませました。 すると木の枝を揺らし、何かがこちらに向かっていました。

  びゅん。 びゅんびゅん。

  あの黒い塊がやって来ました。 そしてお堂の中に入ると長持の回りを取り囲みました。行念は刀の柄を握りました。 あの歌がはじまりました。b

  あのことこのこと聞かせんな
  しっぺい太郎に聞かせんな
  近江の国の長浜の
  しっぺい太郎に聞かせんな
  すってんすってんすってんてん

  「しっぺい太郎は
   今夜ここへは来るまいな?」
   くぐもった太い声が問いました。

  まわりのものが答えました。
  「しっぺい太郎は今夜も来ない。」

   長持の蓋がガタッと外されました。

  「ウォォン!」
   太郎は一声叫ぶと黒い塊に襲いかかりました。

  「ガァァ〜〜〜!」

   黒い塊は驚き、お堂の外に転び落ちました。 行念もその後に続いて飛び出し、赤い目の間に刀をふりおろしました。 血がばっと飛び散り、黒いものが転がると動かなくなりました。

  太郎は、黒い塊に次々に襲いかかりました。 太郎の爪は太く鋭いものでした。黒い塊の肉を裂き、次々に倒していきました。

  行念は手当たり次第に切り掛かりました。 手の中の剣はいくら切っても刃こぼれひとつ起こさず、またほとんど疲れないほど軽い剣でした。

  最後に一つ、大きな塊が残りました。 赤い目が二つ、異様に長い二本の手がありました。

  「しっぺい太郎、
   今夜ここに誰が連れてきた?」

  「わしじゃ!」

  行念が叫ぶと、長い手が襲いかかって来ました。その先にはかみそりのような爪が光っていました。 行念はその爪を避けるのが精いっぱいでした。 一間もあるその手をかわし、懐に飛び込む事が出来ませんでした。

  その懐に太郎が飛びかかりました。 小さな太郎は、怪物の長い手の間を飛び、額に噛みついたのです。

  怪物がぐらっと体勢を崩しました。 行念はそこで刀をはらい、怪物の左腕を切り落としました。

  怪物は「ぎゃっ」と声を上げると右手で行念を払いのけました。 行念は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられました。 行念の左肩がざっくり切られていました。

  太郎は飛び退くと宙を返して再び怪物に飛びかかり、怪物の咽に喰らいつきました。
  怪物は残った手で太郎をつかみました。
  太郎の背骨がきしみました。

  「太郎!」

   行念は跳ね起きると、
   怪物の眉間めがけて剣を突き立てました。

  ぐぼっと言う鈍い音がしました。


  太郎は怪物の咽を食い破ったのです。 太郎をつかむ怪物の手から急に力が抜けました。 怪物はのけ反り、血を吐きながらドウッと倒れました。

  朝がきました。怪物の正体は大きなヒヒでした。

  その体は行念の二倍はあり、毛は針金のようでした。 お堂のまわりには百を越える猿のしかばねが転がっていました。

  行念と太郎は傷の手当てを終えると山を下りました。 村人は怪物がそれがヒヒであった事に驚きました。 そして行念に、ここで寺を建てて住んでくれと頼みました。 しかし行念は村人の頼みを断り、太郎を連れて光善寺に帰りました。


  光善寺に戻った太郎の傷は癒え、また元のように走り回りました。

  太郎は、そのまま子犬のように、村の子供たちと遊びました。 行念はそんな太郎を見ながら、経を唱え畑仕事をして暮らしました。

  太郎は一年もすると大人になり、大きくなりましたが、狼に戻る事はありませんでした。

  冬の夜、雪が降ると行念の肩の傷がうずく事がありました。 そんな時、太郎は顔を上げ心配そうに行念の顔をのぞき込みました。

  すると不思議に痛みが和らぐのでした。

                 「しっぺい太郎。」

  「しっぺい太郎」の原話と思われる話は「今昔物語集」巻二十六第七、 「宇治拾遺物語」第百十九 (狩人が犬の助けを借りて、大猿生け贄をやめる約束を取る話)等があります。 また昔話として伝わっているだけではなく、伝説として伝わっているものもあり、その中では「早太郎」と呼ばれています。また中には犬の援助を得ず武者が一人で猿神を退治という類話もあるようです。

  退治される側の猿は「山の神」と位置づけられ、実際日吉神社のお使いは猿、とされています。 生け贄を求める山の神の猛威はいつか克服しなければならないが、解決をするのは旅の僧または武者、そしてどこかにいる犬、というのが、この物語の特徴的な部分です。

  やはり、神様と対決する者が自分の土地のもの、というのは具合が悪い、と言う事でしょうか。

  狼を飼いならし、犬同様、猟犬に仕立てることもままあったようで、昔話の中のは、狼がお産をした後その産養い(うぶやしない)に赤飯を差し入れた所、子供を一匹返してきた、という話もあり、狼もまた人に近い生き物であったようです。

  明治期に絶滅するまで、狼はまた恐怖の対象でもありました。 狼の集団、山犬の集団は、山中、暗い夜道を歩く人には出会ってはならないもので、人に恩を受けた山犬が、その恩返しに狼の集団から人を守った、という話もあります。

  しっぺい太郎を大きな犬とするものと、狼の子とするものの二つがあるのは、そんな理由からで、荒ぶる山神としての大猿と、人に報恩する山神としての狼・犬との対決も長い間の人との生活が密接にからんでいるようです。

  一つだけわからない事があります。 「しっぺい」を漢字で書くと竹箆、もう一つの読みは、なんと「たけべら」。 「しっぺい太郎」も別の本には「たけべら太郎」と書かれているものもあります。なんでこの愛すべきわんこの名前が"しっぺい" で "たけべら"なんでしょう?このお話の最大の謎です。

  疾風(しっぷう)太郎ならかっくい〜のに。

十月のお話。